井川遥の国籍が韓国って本当?プロフや経歴まとめ!若い頃の出演作も紹介

井川遥の国籍が韓国って本当?プロフや経歴まとめ!若い頃の出演作も紹介

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女優として数々の賞を得ている井川遥さん。2023年には下剋上球児にも出演され、大きな注目を集めました。そんな中、井川さんは韓国国籍ではないかと噂されています。韓国人であることはデマの可能性もありますが、井川さんの場合はどうなのでしょうか?

こちらの記事では、井川さんの国籍や本名、年齢などのプロフィールについてまとめています。

目次

井川遥の国籍は「元」韓国

井川遥さんは、2007年に在日韓国人3世であることをカミングアウトしています。在日韓国人3世とは、井川遥さんの祖父母が昭和の戦前後に日本に移り住み、日本に帰化しないまま韓国国籍を引き継いだということです。

井川遥さんは、2006年に松本与さんとの結婚をきっかけに、子どものことを考えて日本国籍にしたと言われています。しかし当時は、芸能人が在日韓国人であることをカミングアウトしたらマイナスイメージを持たれていました。そのため、当初井川遥さんが在日韓国人であることは、事務所により伏せられていたそうです。

在日韓国人であることをカミングアウトした理由

井川遥さんが在日韓国人であることをカミングアウトしたのは、ご自身の子どものためではないでしょうか。井川遥さんは有名女優なので、週刊誌が在日韓国人であることをリークする可能性もあり得るでしょう。もし子どもが、週刊誌を通して在日韓国人であることが分かると、いじめられる可能性があります。それを考慮したのかもしれません。

一方で、井川遥さんがカミングアウトしたのは2007年、そして第1子が生まれたのは2009年ですから、子どもが生まれる前にすでに明かしていたことにもなります。

カミングアウトシーンがカットされていた

井川遥さんは2007年に、在日韓国人であることをカミングアウトしていますが、実はそれよりもまえの2001年に、月刊誌『現代』のインタビューにて話していたことが分かっています。しかし、なぜか在日韓国人であることを語った部分だけがカットされてしまったそうです。

これは事務所の意向であると考えられ、井川遥さんは何度もカミングアウトを試みたものの、事務所によって隠し通されていたのではないかといわれています。

事務所が断固反対していた?

井川遥さんは読者モデル時代、韓国名である趙秀恵(ちょう・よしえ)という名前で活動していました。

しかし、本格的に芸能界デビューするにあたって韓国名を伏せ、在日韓国人であることを完璧に隠してデビューすることになったそうですよ。現在も日韓関係はなかなか修復せず、お互いの国に「反日」「反韓」とよばれる思想の人が一定数存在しています。そんな中、事務所は井川遥さんに韓国の血が流れていると知られれば、イメージダウンにつながると考えたのでしょう。

なぜカミングアウトの許可が出た?

井川遥さんは、カミングアウトするまで事務所から何度も止められていたとされています。しかし、なぜとあるタイミングでカミングアウトすることが許されたのでしょうか。それは、井川遥さんが大人の女性になり、ファン層も同じように大人になっているため、今カミングアウトしても誹謗中傷などはないだろうと推測したのではないでしょうか。

実際、井川遥さんが在日韓国人であることを知ったことでファン離れが起きたり、干されたりすることはありませんでしたよね。

井川遥のプロフィール

こちらでは、井川さんの詳しいプロフィールをまとめています。

名前井川遥(いがわ はるか)
本名趙秀恵(チョ スヘ)
生年月日1976年6月29日
身長167cm
出身東京都

井川遥さんにはお兄さんとお姉さんが1人ずつおり、3人兄弟の末っ子でした。井川遥さんはご家族に関する話はあまりしていませんが、家ではよくプロ野球のテレビ中継が流れていたそうですよ。お父さんやお兄さんが、もしかしたらプロ野球ファンなのかもしれませんね。噂によると、お兄さんは医師をされているとか。

韓国語は話せる?

井川遥さんは元韓国籍ですが、韓国語を話すことはできないそうです。墨田区で生まれ練馬区で育っていて、韓国に住んだことは一度もないという井川遥さん。韓国人が集まる学校に通っていたわけでもないので、一般的な日本人と同じ環境で、日本人のように育ってきました。祖父が韓国人とのことですが、祖父は戦後からずっと日本で暮らしていたため、もしかすると日本語が堪能で、井川遥さんとも日本語で話していたのかもしれませんね。

なお、祖父は韓国人ですが、祖母は日本で育っている方だという情報があります。

元祖・癒し系!

井川遥さんは「癒し系」といわれる芸能人の先駆けとされています。現在、ほんわかした雰囲気の人物に対し「癒し系アイドル」「癒し系タレント」という言い方をしますが、実は井川遥さんがパイオニアなんですね。マイナビウーマンによると、多くの視聴者が井川遥さんのことを「癒し系のブームを作った人」と認識していました。デビューから30年近くもその癒し系でい続ける人物は、井川遥さんぐらいなのではないでしょうか。

若い頃の出演作は?

井川遥さんの出演作をご紹介していきましょう。井川遥さんはもともとグラビアアイドルとして活動していましたが、俳優としても存在感を見せてきました。ドラマの代表作としては、2002年『空から降る一億の星』や2004年の『光とともに…』などがあります。2006年の朝ドラ『純情きらり』でヒロインの姉を演じ、2002年の『目下の恋人』で映画デビューも果たしました。その3年後には『樹の海』で日本映画批評家大賞・助演女優賞を受賞しているんですよ。

井川遥の生い立ちや経歴

井川遥さんは、1976年に東京都墨田区で生まれました。生まれたのは墨田区ですが、育ったのは練馬区だったそうです。幼少期から身長が高かった井川遥さんは、男子からからかわれることも多かったそうです。しかし、負けずに言い返していた井川遥さんには芯の強さが感じられます。また、お姉さんの影響でファッションも好きになりました。モデルへの憧れもあり、街中でスカウトされることもありましたが、怪しいと感じ断っていたそうです。

モデルデビューのきっかけ

井川遥さんは東横学園女子短期大学を卒業後、会社に勤務します。しかし、モデルの夢を諦められず半年で会社を辞め、短大時代にかかわったヘアメイクさんの紹介でモデル事務所に所属したそうです。事務所所属から4ヶ月で1999年東洋紡水着サマーキャンペーンガールに選出され、モデルデビューしました。モデルデビューしてからは、モデル以外のお仕事にも積極的に励んでいました。特にグラビアデビューすると大きな人気を呼び、写真集を発売すると同世代の女性が買い求めていたそうです。

オーディションのエピソード

実は2001年に井川遥さんは年齢詐称疑惑がありました。当時、モデルオーディションの年齢は20歳までと決めているところが多く、年齢詐称をしてオーディションに応募するのはよくあることだったそうです。井川遥さんはこの疑惑をすぐに認めました。やはり嘘をついたら嘘を重ねなければならず、井川遥さんも嘘をつき続けることには罪悪感があったそうです。正直に認めたことで、好感度が上がり井川遥さんのファン離れはほとんどありませんでした。

現在の俳優業について

井川遥さんの女優デビューは2002年ですが、主にグラビアアイドルやモデルとしての仕事が多かったようです。しかし、現在は女優業にも力を入れています。朝ドラ「半分、青い」や「半沢直樹」など多くの有名ドラマに出演していますよ。

稲森いずみさんのように、モデルとしてキャリアをスタートさせ、俳優に転身したという才能の持ち主なんですね。2025年には、映画『平場の月』でヒロインを務めましたよ。

まとめ

こちらの記事では井川遥さんのプロフィールについてまとめました。井川遥さんの国籍が在日韓国人だったことは驚きですね。現在は帰化し、今後も日本で子育てをしていくのではないでしょうか。在日韓国人をカミングアウトした理由は、子どものためだったことも母親らしさを感じます。井川遥さんのこれからの活躍が楽しみですね!

この記事を書いた人

福岡県在住の50代主婦サクです。
子育ても落ち着き、自分や夫婦の時間を楽しみながら、美容・暮らしの工夫・気になる話題を発信しています。

みなさんの毎日が少しでも「明るく・ラクに・楽しく」なるお手伝いができたら嬉しいです。どうぞごゆっくりしていってくださいね。

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